はい。このアホタンなボクは何を覚えたのでしょうか(笑)。
全部覚えるのに三年はかかりましたな。
これです!。

般若心経です。熊野古道バックパッカーの魔除けにと青岸渡寺の杖を持って歩いていた私ですが、般若心経も覚えた方がよいな!とあるタイミングで思いましてね。その般若心経についてのボクなりの見解をちょっとお聞きくだされ。
初めの頃は最初と最後だけ覚えたのでしたが、頭悪いボクにはこんなの全部は絶対無理!と思ってました。でも一行ずつ覚えゆっくり一行ずつ増やしていったのでした。
練習するのは運転中(笑)。特にお経と言う事がなんだか息苦しくも思っていたのでしたね。発音等を知るためにユーチューブをたまに見たりしてましたが、解説等を見てたらある事を考えさせられたのです。仏教での お経 と言う単語。般若心経の内容からも漢字的にはお経ではなくて、お教 ではないかな?とね。生きている人間への教えだとしたら葬式だけでなく意味を知るためにも日常にあっても良いのでは?とね。例えば亡くなった人には葬式で聞くお経だとはわかるだろうけど、ほとんどの人は意味なんかわからないはず。もちろん意味はボクもさっぱりわからない。亡くなったら意味がわかるんかい?とも思ったりもしましたが(笑)。
うん。無縁仏に出会った時には時として覚えた範囲で般若心経を唱えさせていただきましたと言う気持ちの整理の意味ね。
意味と言えば 空 くうだね。空とはどんな意味か?とユーチューブ解説を見てもボクにはやっぱりわからない。しかし、先日空を意識したんだ。頭にきた時だね。うん。今こそ空になろうと。ここで頭に来ても無意味だな!と。
空と言う世界はボクにはなんかキリストの教えにも思えてくる。ともかくボクは神仏にのめり込むことはないけど、否定なんては絶対しないね。
熊野古道を一人野宿しながら長く歩いている時こそ空ではないかな?と思うことが多々あった。そう、四国お遍路にしても西国三十三所巡礼にしても長く寺を巡らせる言うその行為。この仕掛けこそが空の世界を人々に知らず知らずに得られるようにしたのではないかな?とボクは思うよ。目的地に到着する感動も大切だけど道中こそが大切なんだよ!とボクには聞こえたように思う。
熊野古道と言う歴史の道こそ、気分がそこに向かいやすいかなとね。
何を言いたかったかと言うのは、熊野古道歩く旅の勧めなんだね(笑)。
by 理事長