突然開けたと思ったら林道に出た。

こんな所まで林道あるのか?とびっくりする。岩神王子から降りて来た林道の延長なのかはボクにはわからない。とてもデリカで来れるような林道ではないし。この後、この林道が何者なのかわかる事になる。
一里塚なるものも現れた。

ボクにはとてもわからないが、人が居るから道ができるのか?道ができるから人が住むのか?だ。
この道は確かに熊野本宮に向かっている。時代背景により道も変わるとは思うが、平安の道が江戸時代になりルート変わらずの道なんだとは思う。いや、もしかしたら何処かに違う道も埋もれている可能性もあるとは思う。時代が新しくなる程効率を求めるはずだからだ。
昔の道のルートは目的地までなるべく直線を取ると歴史研究家から聞いた事がある。しかし、歩く道とは言え断崖絶壁のような条件の厳しい場所は避けると思う。現代の車道林道は直線は取らない。直線にするにはトンネルになるからだ。技術、予算が伴わないから山肌をぐるぐる道をつけて行くのだな。だからこそ熊野古道は林道と直角的な角度で交差するのだな!と。
すると現代の一里塚が現れた。

いや、現代は500メートル道標と言う。ちなみに中辺路では滝尻王子が1番で本宮が75番だとか。
こんな場所もあった。

下りてきての撮影だが、写真では傾斜がわかりにくいが、いきなり岩場登山となった。何故か?なんて考えてもボクには全くわからなかった(笑)。
ほとんどこのような道ではあったのだが。

つづく〜(^∇^)/
by理事長