海山にこいま 熊野古道バックパッカー

伊万里への車バックパッカーの旅!パート7

まずは手前の石物から善太郎の名前を探すけど無い!。でもこの形は石燈籠だな!と確信が持てたんだ。

そう、前川善太郎の時代から今日まで237年経っている。そこには地震、台風を幾度も乗り越えて来た石燈籠だ。石燈籠の頭上が落ちる事もあったんだろう。割れたんだな!と。もう片方に祈る気持ちだった。

あった!出会えた!善太郎だ!と。

右側、前川善左衛門、左側、道山市兵衛。

目頭が緩む。あのまとわりつくような空気感。よく来たな!と言う空気感だったのか。そして、ボクには善太郎一人ではないと言う感情があったんだ。そう道山市兵衛、この人は善太郎の親父の姉の息子。善太郎と一緒に旅をした人物。ボクの推測では親父の姉の息子だから、27歳の善太郎より年上だろうと。

その感情からボクは心の中で善太郎だけに語りかけるのではなく、声を出して手を合わせた。

善太郎さんはじめまして!?と。母の登勢さんが書いた道中日記を読んで三重県から来た田上と言う者です。道中日記では船津村を良き村なりと言ってくれてありがとうございました。船津村覚えてますか?私はその船津村から来ました!船津村で何があったのですか?と。後は何を言ったか思い出せないが、なんかいろいろ喋ってたな。もちろん問いかけても答えてはくれないが(笑)。側からみたら誰と喋ってるのか?と思うぐらいだっただろうか。

ボクには善太郎は大先輩であり、ボクと歳がどんどん離れて行く27歳のままの若者でもあるんだ。不思議な気分なのだ。いつもは善太郎と呼び捨てだけど、この時ばかりは大先輩であるから善太郎さんと。

那智は青岸渡寺で買ったお土産を燈籠の前に置かせていただいた。ボクのリュックにも同じ物を付けているんだ。善太郎と一緒!と(笑)。

うん。ともかくうまく表現できない。ボクの独り言だと思って聞いてほしい。

時は流れていく。一瞬一瞬が過去になっていく。しかし時は繋がっている。そんな事を考える不思議なひとときであった。そして今のボクの姿を見ている誰かが居ると言う意識がそこにあった。今ボクは一人ではないなと。熊野古道を歩いている時でもそんな感情がある事もある。一度那智の手前の市屋峠辺りで遠近感狂ったようにその場からすぐ離れたい気分になった時もある。しかしここでは怖さは全く無い。自分の周りの気温がポワンと上がるような感覚。

ボクは今生きている。江戸時代に亡くなった人に語りかけているが、その気持ちは果して本人に通じているかは全くわからない。通じていると考えるのは筋違いだろう。生きている人間が都合よく勝手に考えているだけだ。もし、善太郎さんにボクの気持ちが繋がっていたとしたら、善太郎さんはこう言うだろう。面倒くさいヤツだな、お前みたいな者は私は知らないぞ、私は忙しいから用件すんだら帰りなさいと。はい。帰ります、ありがとうございましたと言う気分もあった。しかし、やっぱり誰か、何かがボクをここに導いてくれている感はある。もしや市兵衛さん!?と。市兵衛はどちらかと言うと優しい気持ちの人で年上ながらも善太郎に奉公するように接していたのでは?とボクには感じる。だから善太郎に代わりボクを見てくれたのかな?と。

しかし、この後善太郎がボクの目の前に突然現れる事になる。ブラボー‼️(笑)。

つづく〜(*゚▽゚*)



by理事長

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