熊野古道と言えば石畳道を思い浮かべると思う。
何故石畳にしたのか?。コンクリートやアスファルトが無い時代に道を雨や摩耗から守るためだなと。
熊野古道を長く歩いていると石畳にはそれぞれ違いがあり興味深く考えさせられる事が多々ある。
さて、この石畳道は何処の石畳か?。

先日歩いた中辺路の女坂の石畳。帰りの撮影なんだけどこの写真撮っていたこと忘れていた(笑)。
この女坂は熊野古道中辺路では石畳唯一のところと聞いている。
なるほど、落ち葉の下には石畳が隠れており長く続いていて気分良く歩けた。
例えば、こちら伊勢路の馬越峠。石畳が有名でポスターや宣伝によく使われるが、実は江戸時代の道中日記では、馬越峠はとても歩きにくいとたくさんの旅人が記しているのだ。確か善太郎らもそう言っていたか。
何故か?。そう石が大き過ぎると滑ると言うか、歩幅が単調ではなくなるからだと思う。熊野古道を長く歩いているとその気持ちがよくわかるんだ(笑)。
現代はハイキングだが、昔は長い時間距離を足速に歩くからリズム的な感覚で歩いていたのだろうとボクは思う。なので大きな石畳にはその単調さが崩されたのだろうと。
だけど、石が小さな方が良いとも言えないかな。ある熊野古道では石が丸くてね。これはこれで歩きにくい。まあ当時の藁草履と現代の靴では感覚が違うのは当たり前なのだが。
この女坂の石畳道は本当歩きやすくてびっくりした。まるでアスファルトのように!とはオーバーだが石の選出と技が良いのか、さらさらと歩けた。ただ、現状では落ち葉や枝で石畳が見えないのが、もったいなさを感じてしまった。馬越峠のように石畳のこの部分を強調するような見せ方ができないものかと。
また、中辺路唯一の石畳であるのなら、看板を立てそれを強調するのも素晴らしいのではないかと思った。マップにはその案内も無いし。ここは車道からもそれほど遠くはないし。
当時は道を管理し見回り清掃もしていた事だろう。上皇様らが歩いた道と言うなら尚更だ!なんていにしえに思いを馳せた心地よい時間であった。
話し変わるが、先のブログで熊野古道側に折られたネットがどうしても意味がわからないなと。もしかしたら道側は平坦だから作業しやすいと考えたのではあるまいて?。もしそこが世界遺産の部分ならあまりにも悲しい事だなと思ってしまう。
真相は不明だが。
by理事長