海山にこいま 熊野古道バックパッカー

古伊万里焼きコレクション  パート1

28日に熊本で大きな地震ありましたね。
心痛みます。人間の非力さを感じてしまいます。私どもこちらもいつくるかわからない地震に怯える日々です。
前に行った九州。伊万里は大丈夫だとは思いますが、本当つらいです。



今から20年程前なる。ボクの娘が中学生だった頃。娘の自由研究とかやらで、娘と馬越峠に行き陶器片を拾ってからその繋がりがここまで来てしまったんだな。

記憶がはっきりしない部分があるが、熊野古道が世界遺産になったからこそ娘と馬越峠に行ったのは間違いない。そして熊野古道町中マップを作るにあたり、前川善太郎と出会った後に陶器片と出会ったのだと思う。それが、伊万里の陶器商の善太郎と年代を同じくする伊万里焼きの陶片だったのだ。

そして、善太郎を追いかけ、伊勢神宮から和歌山は根来寺まで現在歩いた。そして、善太郎の故郷伊万里まで車で一人で行ったんだな。そしてそこでの出会いが、現在古伊万里焼きを探すメルカリへとなってているんだ。

伊万里に行ってからまだ月日はそれほど流れていないが、古伊万里焼きコレクションが増えた増えた(笑)。

それを紹介させてもらいたいと思う。

まず、始まりは馬越峠で拾ったこの陶片からだ。

陶片の上はメルカリで買った小皿でその横は伊万里で買った伊万里コレクションと言う当時の物を真似で作った現代の物。

その二つはまた後ほど紹介させていただくが、伊万里コレクションを買った時の窯元のにいちゃん、また伊万里民族資料館の館長さんらとの会話の中から伊万里焼きに興味を強くしたのは言うまでもなく。

ともかく、陶片の特徴を備えてた物をメルカリで探し出したのだ。模様、五弁花、青磁と。

伊万里から帰った後、導かれるように陶片に小さな破片がくっついたのだ。

同じ日に拾った小さな破片。

なんとくっついた!。

これまではくっつくとも思ってなかったのか合わせようとしたのかも記憶にないが、窯元のにいちゃんが言った二重線が印象深く、二重線を破片に見出し合わせてみたらなんとピッタリだったのにはびっくりした。

アーメン‥‥お導きだと(笑)。

そして、青磁と言う色。メルカリでの小皿に青磁を見出し、同じ色であってくれ!と買ってみたらかなり違ったが、模様、五弁花は同じで印は違うものだったが、陶片に近い特徴や時代を感じてはいる。

拾った陶片は厚いのだ。厚いと言う事はくらわんか磁器のように大量生産の安物的な要素なのだが、上手物のように青磁を使っており印まであると言うのが理解し難い不思議な部分。薄く作るには技術や時間がかかるから大量生産の時は厚く作るものなのだとか。また、時代が古くなる程厚いものだとは聞いてはいる。技術的な事なのだろう。なので、陶片は江戸時代中期よりもっと時代は遡るんとちゃうか?と思うが、何せど素人の推測だな。

この木箱は浦島太郎の玉手箱だ?。いやボクの玉手箱。

蓋を開けると、一気に時代が江戸時代となる(笑)。

これを見てもらいたい人たくさん。ねえやんにまるちゃん、まーくん。いやまーくんに見せたらゴミやろ!とぶん投げられたらかなわんからまーくんはパスやな(笑)。

校長先生にはお宝の玉手箱。

つづく〜( ´ ▽ ` )

-海山にこいま, 熊野古道バックパッカー