海山にこいま 熊野古道バックパッカー

伊万里への車バックパッカーの旅!パート3

九州に入って僕が寝た須恵サービスエリアは北九州市から伊万里までの真ん中ぐらいだった。

カーナビも寝ていたから現在地わからず。携帯で調べる程重要性もなくで(笑)。

その時カーナビはどのルートを示していたか?を今調べてみたんだ。たぶんちょっと行き過ぎてたのかな?福岡インターチェンジで右折だったのかもと。

それはともかく、雨予報を知りこの日伊万里へ着いてからの予定を考えながら走っていた。なんとか午前中は持ってくれ!と神頼みしながらもとりあえず民族資料館に行こう、そしてスタッフさんに会う前に伊万里を歩こう!と。時間的には歩き終わりを11時としてお昼までの1時間で話しは収まるかなと。

着いた!。ちょうど7時だった。

でも駐車場はまだ開いていなく。さて何処に停めよか?と悩みながらも善太郎が檀家の菩提寺と考えられる寺を目指し伊万里のメインストリートを走って行った。駅手前の伊万里川を渡る時に橋の欄干に素敵な伊万里焼きが飾ってあるのを見て、よしここを歩こう!と決めた。そして導かれるようにルート202を右折した。

寺に着いた。

寺の直前の交差点名で江湖辻と言う地名を見た。その地名は善太郎の住んでいた地名だと資料館スタッフさんから聞いていたからだ。やっぱりな、するとこの寺が善太郎の菩提寺なんだろと考えたが確信はできていなかったんだ。

資料館スタッフさんが前川善太郎を調べ住んでいたと言う地名にたどり着き、そこにある寺に問い合わせてくれたんだけど、寺にはタイミング悪かったらしく、22日にまた連絡してと言われたとの事。

私はそれを電話で聞いた時、感謝感謝でもうそれで充分です、ありがとうございました!と鳥肌立てながら礼を言っていた。そう、墓参りを目的と考えていたが、善太郎の寄付した石灯篭に会えるだけでもボクには墓参りした気持ちと同じになれると考えていたからだ。

寺の前には小川があり、外来の花たちが咲き誇っていた。

複雑な気持ちになる。まあこれも世の定めなのか?と(笑)。そして道行く人にこのお寺には墓場がありますか?と聞いてみた。するとわからないなぁと。願わくば墓場で善太郎の墓を探してみようと瞬間考えたからなのだが、江戸時代の人の名前がまだあるかもわからないし、他人のボクがそこまでするのも気が引けたので、墓探しはスパッと諦めた。

気を取り直し、資料館まで行ってみると駐車場のコーンが退けらていた。ラッキー!と駐車させてもらう事にした。もちろん資料館はまだ閉まっている。雨はまだ先のような天気だし、さあ行くじょ!といつものバックパッカーリュックと装備で歩き出したんだ。バックパッカー姿で善太郎に会いたかったんだな。面倒くさいヤツだ(笑)。この時点でちょうど8時。

うん。歩くバックパッカーでは一人だし疲れからも頭の中は正常ではなくなってくる感をよく感じる。妄想もある。そしてなにか説明のできない導きと言うか気配を感じる時があるんだな。たまにボクは霊感あるのか!?なんて思う事すらある。

今回も一人バックパッカーみたいなものだし、いろいろなタイミング的にこの時点で導かれてる感を感じていた。それが善太郎なのか?誰なのかは全くわからない感もあった。

伊万里を歩く。ワクワクしながらも、はてさてどうなる事やら⁉️で。

つづく〜( ´ ▽ ` )



by理事長

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