海山にこいま 熊野古道バックパッカー

古伊万里コレクション パート3

最近、導かれると言う言葉をボクはよく使うな。歳を重ねるとそんなものではないだろうか?と。あの世が近くなっているのだな(笑)。単なる偶然にも何かしら想いを感じるんだ。

特に、善太郎の故郷伊万里に行ってからか。まあ気持ちの持ちようだからあまり気にはしてもしょうがないのだが古伊万里コレクションも導かれるように出会った物があるな。

先の三兄弟に続きメルカリで買った物。これは導きではなく、一度手に持ってみたいと思った物だ。唐草模様と言うらしい。

ちっちゃいよ。見た瞬間、渦福の印と白さと貫入に一目惚れしたんだ(笑)。

これが渦福の印。

まあ江戸時代中期と考えて差し支えないのかなと。渦福とは普及品の中で最高級品に与えられた印となるらしい。これは小さなカケもあるし、大きなカケをくっつけ直している。これが完璧な品であればボクなんかにとても買えない値段となる事だろう。

これが貫入と言われるひびだ。焼く時にわざと作ってらしい。この白さとのコラボが素晴らしいな。手荒く扱ったらすぐにカケてしまうぐらい薄くてびっくりした。

話しが変わるが、先には善太郎を思い伊万里へ行き、そこで何かしらボクを意識している存在は感じていた。善太郎であってほしいと思いながらも、違う空気感を感じてはいた、従兄弟の冨山市兵衛か?なんて思う一面あったのだが、先日合点がいった。はて誰なのか!?。そう、ボクを意識してくれている先人は善太郎の母、登勢さんだな!と直感したんだ。

善太郎はボクのような人種に興味を持つ立場の人間ではないのは前からは感じてはいた。そう、善太郎が生きた世界、立場がボクとは全く違うからだ。でも母にとれば、息子に興味を持ってくれている人を悪くは思わないなと。むしろ導いてあげたい気分になるのは人情ではないか?と。

そう、船津村よき村なり と書いたのは登勢さんだし。その時、登勢は50歳、善太郎27歳だった。明朗活発な母であったであろうと想像はしてる。ボクをさらに導いてほしいと。世界遺産となった熊野古道伊勢路の未来に向けてだな。

まあ、たまには善太郎もボクと遊んでくれるだろうが(笑)。

つづく〜( ´ ▽ ` )



by理事長

-海山にこいま, 熊野古道バックパッカー